心理学や健康ネタなど、日々勉強したことのアウトプットのためのブログです。

ナイスのブログ

僕のこと

このブログを読んでいただくにあたって、僕のことについてお話したいと思います。

中高校生のときのあだ名が「ナイス」で、本名は竹内 悠真。あえて本名を名乗りますが、ネット検索して出てくるのは別人ばかりなので、まあ問題ないと思っています。今のアクセス数からいっても、僕を知ってる人が気付く確率は相当低いのでは。

僕は四国の田舎町で生まれ育ちました。子供の頃は、あまり幸せではなかったのだと思っています。両親がいるという点では良かったのでしょうが、母親のひどい束縛が大変でした。

友達がいなかった小中高の12年間

小学校時代

僕が小学生の頃はだいたい7~8時が消灯時間で、周りが見ているようなテレビ番組は一切見ることができず、学校での話題に参加することができませんでした。

ゲームを買ってもらうことも許されなかったので、友達に誘われても遊び方が分からず、次第に呼んでもらえることもなくなりました。門限も5時くらいなので、基本的に遊ぶ時間なんてなかったのです。

少年ジャンプなどの漫画の雑誌も買ってもらえず、許されていたのは文庫本を読むことか、勉強することくらいでした。

テストで80点を下回ることがあろうものなら、家に帰って1時間以上も説教されたのが辛かったです。すごく泣き虫でした。学習机で漢字の勉強をしている横で、鬼のような形相で横に立って監視している母親のことは本当に嫌でした。

中学校時代

中学校に入ると消灯時間は9時くらいになりましたが、7時以降のテレビは見れず、ゲームは買ってもらえず、相変わらず友達なんていませんでした。

30分以内の散歩は許されていたので、それが唯一できる外での息抜きでした。それと本を読むことくらいだったでしょうか。

中学校で知り合った人で今現在、連絡取れる人は一人もいません。

高校時代

高校に入っても友達はできず、修学旅行のときは遊園地を一人でウロウロして時間が過ぎるのを悲しく待つような感じでした。2人組を作らないといけない授業は、本当に嫌でした。

ただ、勉強だけはできた、というかやらされていたので、全国模試の上位ランクに名前が載るようなこともありました。でも、高校2年生のときに、進学するのは地元の大学で、就職は市役所と決められてしまったので、決定権のない僕に夢や希望なんて持つことはなかったのです。

大学時代

大学は地元の大学で、実家から通ってましたが、母親からはアルバイトも禁止され、サークルの加入も禁止だったので、それに従いました。パソコンを買ってもらえたので、ネットサーフィンをするうちにパソコンには詳しくなったので、その知識は今でも役に立っています。

僕は大学時代に少しも就職活動をしていないのです。某就職先に行くことを母親が決めていたので、そのための勉強だけだけはしていました。

その仕事をする上で関係のない学部に進学していたので、大学の授業もカンニングペーパーを駆使して、単位を取得するだけの無意味な作業としか考えてませんでした。

ただ、専攻していた心理学は一生懸命に勉強したので、自信がある分野です。

就職

大学卒業後は某就職先に採用されて、2年間勤めましたが、年間1,000時間近い残業に苦しめらました。結果、1年間休職したのですが、退職することにしました。

皆さんも一度は耳にしたことがあると思いますが、「国体」が私の最初で最後の仕事でした。しかも、国体を自分の目で見ることはありませんでした。

休養期間とコロナ流行

退職後、2年間の休養を経て、別の仕事に就職が決まり、新たな道を歩むことが決まりました。

でも、その就職もコロナの影響で流れてしまい、アルバイトで生活費を稼いでいます。結構楽しい職場なので、正直不満はありません。

そんな中で、始めたこのブログを僕は大事に育てていきたいと思っています。

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